1979年の旧・日本電信電話公社による自動車電話サービス事業の開始から、電電公社と事業を引き継いだNTTが自動車電話事業を独占していたが、1988年から1989年にかけて、旧・IDOや旧・DDIセルラー新規参入を果たし、初期費用や通話料金などの価格の引き下げ競争が始まった。それまでの自動車電話のユーザーは企業の経営幹部層(エグゼクティブ)などにほぼ限られていたが、土木工事現場の連絡用などにも使われ、ビジネスユースに広がるようになった。
その中で、1989年、画期的な小型携帯電話「マイクロタック」が発売され、NTTドコモ(1992年NTTから分離独立)も同様の小型携帯電話「mova」を開発して対抗した。
1994年には、自動車・携帯電話機の買取制度(携帯電話機の売り切り制)の導入とともに、初期費用、回線利用に必要な料金の大幅な値下げが行われ、通信業界全体の大きなターニングポイントとなった。NTT移動通信網(NTTドコモ)系9社、第二電電(DDI)系セルラーグループ8社、日本移動通信(IDO)に、新規参入の第二弾であるデジタルホングループ(現ソフトバンクモバイル)とツーカーグループの参入のほか、端末機の供給でも家電メーカーなどが加わり、20社近くが名乗りを上げた事もあり、競争はさらに加速され、結果、携帯電話が広く一般に普及する下地が作られた。日本国内の1992年での携帯電話機・自動車電話の稼働台数は約170万台。全人口に対する普及率は約1.4%にあたる。
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翌1995年1月17日の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)では、有線インフラに壊滅的被害が発生した中、無線の強さを発揮した面もあるものの、当時の携帯電話は一部地区を除いて119番への接続が出来ず、また被災地周辺では繋がりにくい状態が発生する、など、後にも述べられる複数の問題点も露呈している。